
画面に映ったのは、見覚えのある顔だった。
いや、正確には「見覚えがある」なんて生易しいものじゃない。7年前、俺の隣で笑っていた女だ。
FANZAライブチャットを開いて、何気なくランキング上位≈のパフォーマーを眺めていた。深夜1時。いつもの習慣。そこに、彼女がいた。
ライバー名は「みく」。でも、俺は知っている。本名は美咲ということに。
当時、俺は29歳で彼女は23歳だった。
最初は目を疑った。
でも、プロフィール写真を何度見ても間違いない。少し化粧が濃くなった。髪も伸びた。プロフィールには「26歳」とある。実際は30歳のはずだが、確かに20代と言われても通用する。
あの笑い方、あの目の形。忘れるわけがない。
ログインしているユーザー名は適当につけたもの。「タケシ_1985」。俺の本名は隆志だ。彼女が気づくはずがない。
接続ボタンを押す。
「こんばんは〜」
画面越しに、彼女が笑顔で手を振った。あの頃と同じ、少し猫を被ったような笑い方。
俺は、元カノと話している。
向こうは、俺が元カレだと知らない。
夜な夜な、彼女と会っている
それから、週に3回は接続するようになった。
「タケシさん、今日もお仕事お疲れ様です〜」
彼女は男の願望そのものの対応で俺を扱う。丁寧に、優しく、時に甘えるように。でも、それは全て「接客」だ。
おかしなことに、この奇妙な関係に心地よさを感じている自分がいる。
付き合っていた頃、彼女は気が強かった。年下だからといって遠慮することはなく、俺の仕事の愚痴を聞けば「それってあなたが悪いんじゃない?」と即座に反論してきた。デートの場所も、彼女が決めた。俺が疲れていても、構わず話し続けた。
でも今は違う。
彼女は、俺の話を最後まで聞く。共感してくれる。「すごいですね」「頑張ってますね」と褒めてくれる。
もちろん、それは「仕事」だ。でも、それがどうした。
今なら理解できる別れた理由
俺たちは、7年前に別れた。
理由は、価値観の不一致。具体的には、彼女の希望と、俺の転勤が噛み合わなかった。彼女は東京で働き続けたかった。俺は、大阪転勤を命じられた。
「私、東京を離れたくない」
彼女はそう言った。当時23歳。社会人2年目。東京での生活を諦めたくなかったんだろう。俺は、彼女を説得できなかった。
遠距離恋愛も考えたが、結局うまくいかなかった。半年後、自然消滅のような形で終わった。
あれから7年。
彼女は、東京に残った。そして今、30歳になった彼女は、プロフィールで「26歳」を名乗りながら、FANZAライブチャットで働いている。
「みく」として生きている彼女
ある夜、彼女にこう聞いてみた。
「みくちゃんって、昔は何してたの?」
彼女は少し考えて、こう答えた。
「えっとね、普通に会社員してました。でも、色々あって辞めちゃって。今はこっちの方が自由で楽しいかな」
色々、か。
俺と別れたことも、その「色々」の一つなんだろうか。
彼女は、もう「美咲」じゃない。「みく」として生きている。そして俺は、「タケシ」として、彼女と繋がっている。
この奇妙な関係に安心している俺がいる。
