
「妻の健診日。俺は、昨夜の香水が残る枕元で、彼女の指先をまだ思い出していた。人生は段取りだ。恋も、家庭も、成功も全部。」
朝7時。パークテラスの高層階。
カーテン越しに滲む街の光。
隣で寝返る彼女の髪が、シーツをくすませる。
休日に着るはずの柔らかなニットが、椅子の上で無防備に落ちている。
スマホにバイブ。
妻: 「今日検診行ってくるね!」
俺: 「了解、気をつけて」
妻: 「昨日も遅かったでしょ。体に気をつけてね」
俺: 「ありがとう」
優しい言葉は、時に刃だ。
枕元に視線を戻すと、彼女が薄目を開ける。
「りょうちゃん…もう起きちゃうの?」
囁く声に、心が一瞬だけ揺れる。
静かな攻防。
「今日、クライアントに勝ったって顔してる」
バーの隅で、彼女がグラスの氷を転がしながら笑った。
「勝ったよ。数字は裏切らない」
「じゃあ人は?」
間髪入れず挑発する目。仕立ての良いワンピースに潜む自信。
「人は…上手く扱うものだ」
「ふふ、扱われてる側なのかな、私」
そう言って腕を絡めてくる指。
勝ち負けの話をしていたはずなのに、息が近いと全部曖昧になる。
ホテルの廊下、カードキーの音。
カメラの死角を知っているのは、習慣だからか、癖だからか。
少しの余韻。
「りょうちゃん、今日も忙しい?」
寝癖を指で直す彼女。
シティホテルの朝陽が、彼女の輪郭を甘く柔らかく照らす。
「9時から会議」
「じゃあ、また来週だね」
「うん。金曜の夜空けておく」
「約束、破らないでね。」
怒る資格がないことを、お互い知っているのに。
エレベーター前で指を絡める。
短いキス。息の温度だけ残る。
ガラス張りの会議室。
スーツを着れば、何もかも別の顔だ。
「このプランなら、前年比160%は固いです」
担当役員の眉が上がる。
戦は戦。雑念は捨てる。
でも、脳裏に一瞬だけ浮かぶ。
ホテルの白いシーツ。
彼女の爪先が肌をなぞった軌道。
戦いに勝つ男ほど、心の奥に秘密を持つ。
それを知っているから、俺は破綻しない。
二つの通知
妻: 「無事終わったよ。女の子だって!」
俺: 「やっと生まれるんだね・・・!」
スマホを伏せる。
数秒後、りなから間髪入れず通知があった。
彼女: 「無事帰宅〜。りょうちゃんの匂い、まだ残ってる」
俺: 「またすぐ会えるじゃん」
所有でも依存でもない。
ただ、選ばれる側でいたいという欲望が僕を支配していた。
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フィクションです。この物語は実在の人物・団体とは一切関係ありません
